福岡高等裁判所 平成7年(ネ)529号 判決 1996年10月23日
主文
一 原判決中被控訴人関係部分を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、金七三〇一万四四四〇円及びこれに対する昭和六一年一〇月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
四 この判決の第二項は、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
主文同旨(当審で請求の減縮がされた。)
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
控訴人は、昭和六一年一〇月五日午前一一時ころ、自動二輪車(以下「控訴人車」という。)を運転して国道二一二号線を日田市方面から中津江村方面へ向かって進行中、大分県日田郡大山町大字西大山響峠先路上において、対向車である八木洋一(以下「八木」という。)運転の軽四輪貨物自動車(以下「八木車」という。)と接触して転倒し(以下「第一事故」という。)、その直後に八木車の後続車であった被控訴人運転の普通乗用自動車(以下「被控訴人車」という。)に衝突し(以下「第二事故」という。なお、第一事故及び第二事故を併せて「本件事故」という。)、控訴人は、第五胸推脱臼骨、左胸腔内出血、脊髄損傷の傷害を受けた。
2 被控訴人の責任
被控訴人は、自己のために被控訴人車を運行の用に供していた。
3 損害
(一) 逸失利益 七〇二一万四四四〇円
控訴人(昭和四四年八月五日生)は、本件事故当時一七歳の男子であったが、本件事故により労働能力を一〇〇パーセント喪失した。控訴人は一八歳から六七歳まで毎年少なくとも四〇五万七七〇〇円を得ることができたから、ライプニッツ係数一七・三〇四を乗じて逸失利益を算定した。
(二) 入院及び通院付添費、交通費、雑費等 三〇〇万円
(三) 慰謝料 二〇〇〇万円
(四) 弁護士費用 六〇〇万円
4 損害のてん補
控訴人は、八木が加入していた自賠責保険から二五〇〇万円を損害のてん補として受領した。
5 よって、控訴人は、被控訴人に対し、自動車損害賠償保障法三条に基づき、3の合計額九九二一万四四四〇円から4のてん補額を控除した七四二一万四四四〇円の内七三〇一万四四四〇円及びこれに対する本件事故の日である昭和六一年一〇月五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び2の事実は、認める。
2 同3の事実は、否認する。
3 同4の事実は、認める。
三 抗弁(免責)
本件事故は、控訴人又は八木の過失に起因するものであり、被控訴人には過失がなく、被控訴人車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかった。
四 抗弁に対する認否
否認する。
第三証拠
記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1及び2の事実は、当事者間に争いがない。
二 抗弁(被控訴人の免責)について、判断する。
証拠(甲一四ないし一七、二五の1ないし5、三三、三四、証人小畑恵津男、同太田安彦、控訴人本人(証拠保全、第一、二回)、被控訴人本人、控訴取下前被控訴人八木洋一本人、検証、鑑定(いずれも原審))によれば、次の事実を認めることができる。
1 本件事故現場は、アスファルト舗装がされ、ほぼ平たんな国道二一二号線上で、法定制限速度時速四〇キロメートル、追越しのための右側部分はみ出し禁止の交通規制がされており、道路幅員は、日田市方面に向かって左側が三・一メートルでその外側に幅〇・四メートルの路側帯があり、同方面に向かって右側の道路幅員は三・二メートルでその外側に幅〇・三メートルの路側帯がある。本件事故当時、天候は晴れで道路は乾燥しており、交通量は普通であった。本件事故現場付近は、日田市方面から中津江村方面に向かって緩やかな下りで、左へ大きく曲がっており、左側には樹木が繁っていて見通しは良くない。
2 控訴人車は、日田市方面から本件事故現場へ向けて時速五〇キロメートルで進行していたが、道路が左へ大きく曲がっていたので、時速三〇キロメートルに減速し、中央線の内側を中央線に沿って弧を描くように進行していたところ、中津江村方面から時速四五キロメートルで対向して来た八木車が右に大きく曲がるために中央線に接近し、その車体右側が中央線を越えたために、控訴人車の前輪と八木車の右側後部が接触し、そのため控訴人車は左側に転倒しスタンドを接地させながら路面を滑走して、第一事故から一・五八秒(第一事故から接地まで〇・三一秒、接地後第二事故まで一・二七秒)経過後に被控訴人車と衝突した(控訴人車接地後については、路面摩擦による減速を考慮した。甲三四参照。)。
3 被控訴人車は、八木車の後方を時速四五キロメートルで進行していたところ、被控訴人は、二九・七三メートル(控訴人車が第一事故から接地までに進行した距離二・五八メートル、後記4の擦過痕の長さ七・四メートル及び第一事故から第二事故までの一・五八秒間に被控訴人車が進行した距離一九・七五メートルの合計)前方に第一事故発生を認め、制動措置及び左へのハンドル操作をとろうとしたが間に合わず、一九・七五メートル進行して控訴人車に衝突した後、さらに五・五メートル進行して停止した。
4 本件事故直後の現場の状況は別紙図面のとおりであり、中央線上から、中津江村方面に向かって右側の車線内に中央線から一・三メートル離れた地点まで、控訴人車が左側に転倒し、路面を滑走した際にそのスタンドによって刻まれた長さ七・四メートルの擦過痕が残されていた。
三 右事実を前提に、被控訴人に過失がなかったと認められるかどうかについて検討する。
被控訴人に急制動措置及び適切なハンドル操作を怠った過失がなかったということができるか否かについて判断するに、証拠(甲一四、一六)によれば、被控訴人は第二事故発生後ようやく制動措置をとり、ハンドルを左に切ったことが認められる。これに対し、被控訴人は、被控訴人車が第二事故を避けることは不可能であったから、結果回避可能性がなく、被控訴人は無過失であったと主張する。
証拠(甲三三、三四、当審証人太田安彦)によれば、当審証人太田安彦(原審鑑定人)は、時速四五キロメートルで進行していた被控訴人が第一事故を認めて直ちに急制動措置をとったとした場合、空走時間(反応時間に踏み替え時間と踏み込み時間とを加えた時間)は〇・四秒であるから、空走距離は五メートルであり、減速度〇・八g(急制動の場合の減速度、gは重力加速度)での実制動距離は一〇メートルであるから、第二事故の衝突地点に達する前に停止できたと結論づけていることが認められる。
しかし、証拠(乙一ないし三)によれば、空走時間につき、〇・七ないし〇・八秒とするもの、約一秒とするもの、〇・四ないし〇・八秒とするもの、平均〇・八秒であるとするもの等の報告がされていることが認められるのであって、通常人に対し〇・四秒の空走時間を期待するのは難きを強いるものであり、期待される空走時間は〇・六秒と認めるのが相当である。
ところで、乙三によれば、乾燥したアスファルト舗装路面の摩擦係数を〇・五五とした場合、時速四〇キロメートルの自動車の実制動距離は一一・二三メートル、空走時間〇・六秒の空走距離は六・六七メートルと算定されることが認められ、被控訴人車が法定速度である時速四〇キロメートルで進行していたとすれば、被控訴人の第一事故認識後一七・九メートル進行して停止していたであろうと考えられる。そうすると、前記のとおり被控訴人車が第一事故発生から第二事故までに進行した距離は一九・七五メートルであったのであるから、被控訴人が法定速度を遵守して走行し、適切な急制動措置及びハンドル操作をとっていたとすれば、第二事故を避け得たのではないかとの疑問が生じるのであって、本件全証拠によるも被控訴人の無過失を認めるには足りないといわざるを得ない。
もっとも、被控訴人が右のとおり速度を遵守し、適切な運転操作をしていたとしても、控訴人車が第二事故の衝突地点で停止せず、さらに路面を滑走し、結局、停止していた被控訴人車との衝突を避け得なかったのではないかとの可能性は否定し難いが、本件証拠上、その場合でも衝突は不可避であったとの事実について確証が得られない以上、被控訴人の無過失について証明が尽くされていない旨の右判断は左右されないものというべきである。
よって、免責の抗弁は認められない。
なお、被控訴人は、第一事故が、八木車が中央線を越え、控訴人車進行車線内で発生したものであるとしても、控訴人にも過失があると主張するが、証拠(控訴人本人(証拠保全、第一、二回)、鑑定(いずれも原審))によれば、控訴人車は、八木車が中央線を越えることなく進行しておれば、これと安全に離合できる余裕を保って進行していたが、離合直前に八木車が中央線を越えたため接触したことが認められるのであって、第一事故の発生につき控訴人は、過失があったものということはできない。
四 請求原因3(損害)について判断する。
1 逸失利益
証拠(甲二、一二、原審控訴人本人(証拠保全、第二回))によれば、控訴人は事故当時一七歳(昭和四四年八月五日生)の男子であり、一八歳から六七歳まで稼働できるはずであったが、本件事故により第五胸髄以下完全横断麻痺(歩行不能)の後遺障害が残り、障害者一級の認定を受け、労働能力を一〇〇パーセント喪失したことが認められる。そこで、昭和六一年賃金センサスによる産業計、企業規模計、旧中・新高卒男子労働者の平均賃金(年収)である四一五万五八〇〇円に、ライプニッツ係数一七・三〇四(五〇年の係数と一年の係数の差)を乗じると、控訴人の逸失利益は七一九一万一九六三円(円未満切捨て)となる。
2 入院及び通院付添費、交通費、雑費等
証拠(甲二、三、五、原審控訴人本人(証拠保全、第一、二回))によれば、控訴人は、本件事故により、久留米大学病院に昭和六一年一〇月五日から昭和六二年一二月二一日まで四四三日間、岩尾病院に昭和六三年九月二二日から同月二七日まで六日間、岩尾整形外科病院に同年一〇月五日から平成元年三月二日まで一四九日間(記録上、平成二年六月一八日の控訴人本人尋問は同病院で行われたことがうかがえるので、同日もまだ入院していたのではないかと思われるが、控訴人の主張する期間に限った。)それぞれ入院して治療を受けたこと、岩尾整形外科病院に昭和六二年一二月二一日から昭和六三年一〇月四日まで(実通院日数不明)、岩尾病院に昭和六二年一二月二一日から昭和六三年八月二五日まで(投薬のみの日を除く実日数一八日)通院して治療を受けたことが認められる。
控訴人は、入院日数合計五九八日の間、一日当たり三〇〇〇円の付添費用を要したと認められるから、入院付添費用の合計は一七九万四〇〇〇円となる。
また、右入院の間、一日当たり一〇〇〇円の雑費を要したと認められるから、入院雑費の合計は五九万八〇〇〇円となる。
次に、控訴人が付添を必要とした通院日数は一八日と認められる(岩尾整形外科病院への通院については、実通院日数が不明であるばかりか、岩尾病院への通院、入院期間と重なる期間もあり、付添を必要とした日数が証拠上不明といわざるを得ない。)ところ、通院一日当たり二〇〇〇円の付添費用を要したと認められるので、その合計は三万六〇〇〇円である。
なお、交通費を認めるに足りる証拠はない。
以上の諸経費の合計は、二四二万八〇〇〇円となる。
3 慰謝料
控訴人の傷害の部位、程度、治療経過、後遺障害の内容等一切の事情を考慮すると、慰謝料として二〇〇〇万円が相当である。
4 損害のてん補
控訴人が、八木が加入していた自賠責保険から二五〇〇万円を損害のてん補として受領したことは、当事者間に争いがない。1ないし3の合計額九四三三万九九六三円から二五〇〇万円を差し引くと、六九三三万九九六三円となる。
5 弁護士費用
控訴人がその訴訟代理人に支払うべき弁護士費用の内五〇〇万円は、本件事故と相当因果関係がある損害として、被控訴人に負担させるのが相当である。
五 以上によれば、控訴人は被控訴人に対し、七四三三万九九六三円の自動車損害賠償保障法三条に基づく損害賠償請求権及びこれに対する本件事故の日である昭和六一年一〇月五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金請求権を有するところ、右金員の範囲内での控訴人の本訴請求は全部理由があることに帰する。
よって、結論を異にする原判決は不当であるから、これを取り消し、控訴人の請求を全部認容することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 高升五十雄 古賀寛 吉田京子)
別紙図面